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ハワイの伝説のサーファー、デューク・カハナモク

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ハワイの伝説のサーファー、デューク・カハナモク

世界中のサーファーに愛されるハワイの海。
ハワイのサーファーなら誰でも知っているデューク・パオア・カハナモク。
「近代サーフィンの父」と呼ばれたハワイの英雄ですが、そのいきさつをご存知ですか?
ワイキキののビーチを背にして立つ銅像が彼なのですが、知らないで記念撮影だけしている方が多いのも事実。
実は世界中の人に愛されている伝説の持ち主なのです。

デューク・カハナモクの生い立ち

純粋な専従ハワイアン
1890年8月24日にオアフ島に生まれた純粋なハワイ先住民であるデューク・カハナモク。
1869年にハワイを訪問したイギリス王子のエディンバラ公爵アルフレッドに由来したといわれている「デューク」という名前、実は彼の父も同じく「デューク」という名前なんです。
ウォーターマン
父には「泳げるようになるため」にカヌーから落とされ、母には「決して水を怖れず、可能な限り遠くにまで行ってごらんなさい」と言い聞かせられていたと伝えられていますから、結構なスパルタ英才教育ですね。
幼少期からワイキキビーチでアウトリガー・カヌーや水泳に親しみ、誰にも負けないウォーターマンになりました。

デューク・カハナモクの顔

ハワイの英雄として名高いデューク・カハナモクはいろいろな顔を持っています。

近代サーフィンの父
キリスト教宣教師によって迫害されていたサーフィンの復活に貢献するだけでなく、サーフィン普及のためアメリカ本土はもちろん、オーストラリアなど世界各地でサーフィンを披露。サーフィンをスポーツとして昇華させました。
アロハシャツのプロモーター
自身の名を冠したブランドを1930年代からスタート。
1940年代にアロハシャツ業界が輸出規制による大打撃を受けましたが、自ら広告塔となってアメリカ全土を駆け巡りました。
「アロハ」という、シャツだけでは語れない美しいハワイの文化を世界中に広め、注がれた伝承の力は今に至ります。
ハワイ初金メダリスト
デュークは3歳の時に既に泳ぎを習得していたと言われています。
21歳の時にストックホルムで開催されたオリンピックの100m自由形で世界記録を4.6秒も縮め金メダル。800mリレーでは銀メダルを獲得しました。
ムービースター
ハリウッドスターとして現在も世界中の方に愛されているデューク・カハナモク。
『逃走の島』『海のロマンス』など、当時まだ無声だったハリウッド映画約30本に出演しました。
愛妻家
デューク・カハナモクの奥様・ナディーンは、映画雑誌に載っていたデュークの姿に一目ぼれ。その後ハワイに渡るチャンスに恵まれ、ロイヤル・ハワイアン・ホテルでラテンダンスや社交ダンスを教えていた時にデュークと出会いました。二人が結婚したのはデュークが40代後半。
奥様をこよなく愛しており、セーリングボートに彼女の名前を付け、BMWのパワーボートにも彼女の名前を付け、さらにはナディーン・カハナモクというハイビスカスもあるのです。

デューク・カハナモクの像の周りで

ワイキキはクヒオ・ビーチパークにロングボードと共にたたずむデューク・カハナモクの銅像。
昼は観光客が囲み、夜はライトアップされ心地の良いハワイアンミュージックに包まれています。
彼の両手を飾るレイは絶えることを知らないのは、ハワイのロコのみならず世界中の方に愛されている証でしょう。
デュークの名前を冠にしたお店やビーチ、公園も人気です。
毎年8月にはデューク・カハナモクを称えるスポーツの祭典「デュークス・オーシャン・フェスト」が行われています。
開催時期にハワイを訪れる方はサーフィンやパドルボートレースやビーチバレーなどスポーツ観戦を楽しまれるのはいかがでしょうか?

【デュークス・オーシャン・フェスト】
URL:http://dukesoceanfest.com/

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