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サーフィンの歴史

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サーフィンの歴史をひもといてみよう

2020年の東京オリンピックで、追加種目の候補に挙がったことから、(※2016年現在)国内外で一気に注目度が上昇したサーフィン。2017年8月に開かれるIOC総会で、正式に決定されることを、関係者一同期待している所です。
マリンスポーツの代表格であるサーフィンは、ハワイなどのポリネシア系住民が発祥させたと言われています。
ハワイのサーフィンスクールに通う前に、その歴史をひもといてみましょう。
ポリネシア地方で古代サーフィンが発祥
ハワイを含めたポリネシア原住民は、文字を持たないという特異な文化を持っていたため、文献等で残っているものはありませんが、400年ほど前に、サーフィンの原型となるスポーツが発祥したという歴史があります。
元々漁をするためにカヌーのような板にのっていたのが、徐々に板に乗る波乗り遊びになったと言われています。
サーフィンに関する初めての文献は、イギリス人の探検家、ジェームス・クック船長が記した航海日誌です。日誌には、ハワイの人達が木製の板にのって波乗りをする姿があったことを書き残しています。
「デューク・カハモナク」の登場
デューク・カハモナク
ジェームス・クック船長により、西洋の文化が押し寄せたハワイ。その後しばらくサーフィンは禁止されていましたが、ワイキキビーチだけは行って良いことになっていました。その後、20世紀を過ぎてから再びサーフィン熱が高まる動きが加速されて行きました。
そこで登場したのが、デューク・カハモナク。彼はオリンピックの競泳種目で世界新記録を達成する実力者でありながら、優れたサーファーとして広く認知されていました。様々な国際大会に招待されるようになったデューク・カハモナクは、行く国々でサーフィンをして、普及に努めました。
現在、ハワイ・カリフォルニア州・オーストラリア東部では、地元の人気スポーツとしての地位を確立しています。数々のサーフクラブが組織され、サーフィンスタイルやボードにおいてもそれぞれ個性を発揮しながら成長し続けています。
デューク・カハモナクは、今では「近代サーフィンの父」と慕われ、ハワイ・ワイキキとオーストラリア・フレッシュウォーターにブロンズ像が建てられています。
日本で広めたのは加山雄三さん?
元々は、日本に駐在していたアメリカ人が、湘南や九十九里でサーフィンを楽しんでいたのを見た若者達が真似をしたのがきかっけと言われています。
また、加山雄三さんの映画「若大将シリーズ」で、ハワイや海が舞台になったことや、飲料のCMでサーフィンをする加山雄三さんの姿が、若者に影響を与えたと言われています。湘南のビーチにまつわる独特な文化が育まれ、サーフィンにはハイソサエティなイメージが定着しました。
その後、サブカルチャー雑誌「POPEYE」にサーフィン特集が組まれたり、サーフブランドの洋服や小物を愛用する若者が増えたりするなど、日本のサーフィン文化は大きく前進して行きました。
日本サーフィン連盟への期待
1965年に設立された連盟は、サーフィンの普及だけでなく、競技大会の開催や、国際試合への選手の派遣・安全への取り組みなど、多岐に渡る活動をしています。2011年には、めでたく一般社団法人に格上げされました。
今後は、国際サーフィン連盟と協力して、競技スポーツとしての認知度を上げるべく、さらなる発展が期待されています。
ハワイなどのリゾート地で、サーフレッスンを行う「サーフィンスクール」が流行していますが、このような歴史の積み重ねから成り立っていると思うと、よりサーフィンに集中ができますね。

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